LOGIN朝はみんなでバフ料理を食べるのが日課だった。 ラグナシアのオアシスの前。青々とした広い水面をナツメヤシの木々がぐるっと囲んでいる。水を汲みに来た子供が頭に壺を載せている姿があった。一方ではラクダががぶがぶと水を飲んでいる。口をもごもごと動かしており、嬉しそうに目を細めている。ラクダが小さな車を引いている光景もあった。車の荷台にはタルが積まれている。飼い主のおじいさんがオアシスからタルに水を汲んでいた。 晴恋たちは暑い暑いとつぶやきながらカレーライスを食べていた。満腹度を回復させるためには食べなければいけない。ベルフラウの作ってくれるカレーライスはジューシーなカツが載っかっており、カレーには濃厚なコクがある。スパイスもよく利いている。大変美味いのだが、熱すぎだった。どうしてかアイギスは二杯目を食べている。この使い魔はかなりの食いしん坊だ。:この気温でカレーライスはきつそう。:アイちゃんは余裕みたいだね。:キャルル丸も食うのが早いぞw 晴恋の隣に座っているニキがつぶやいた。「こりゃあ汗が噴き出るさ」「ニキさん、頑張って食べましょう。ソフトクリームが待っていますよ?」 そうは言うものの、晴恋は半分食べ終えた時点でもうお腹いっぱいだった。それでも残すのはベルフラウに悪い。頑張ってお腹に詰め込んでいく。「晴恋、全部食べられるかい?」「……ちょっとキツいです」「残り、食べてやろうか?」「あ、お願いしても良いですか?」「任せろって!」 ニキが自分のカレーライスをガツガツと食べる。完食すると食器はすぐに消えた。そして今度は晴恋のカレーライスを受け取り、もりもりと食べる。(助かりましたぁ) さすがにもう食べられない。「みんな、これ、ソフトクリームだから」 ベルフラウが製菓カードを配ってくれる。一人五枚ずつあった。効果時間は2時間なので、これだけあれば今日一日は持つ。 晴恋は微笑を浮かべて受け取った。「ありがとう、ベルち
その夜。 ラグナシアの魔導具店にニキはいた。 直方体のこぢんまりとした建物だった。レンガ敷きの床は日焼けしたような小麦色である。外は冷え込んでおり、室内の暖炉では薪が赤々と燃えていた。木製の棚の上には厚手の白い布が敷かれており、その上に様々な魔導具が並べられていた。フロアスタンドが三つ置いてあり、店内をほのかに照らしていた。ニキの他にもカップルのプレイヤーが一組いて、「これいいんじゃない?」と声をかけ合いながら品物を物色している。二人とも、オシャレなマフラーを巻いていた。 ニキの格好もチェンジしている。砂漠の夜は、裸にチョッキではさすがに寒い。トウマたちが宿屋に行くのを見届けた後、みんなで防寒具を作ったのだった。ラグナシアの近辺に生息する服の素材モンスターを狩り、服屋で作成した。いま黒のダウンジャケットを着ている。 魔導具店に来ている理由は他でもない。プレゼントを買うためである。 ニキは難しい顔をしてつぶやいた。「アイには、何をあげたら喜ぶさ……?」 プレゼントの相手は晴恋ではなかった。アイギスである。 出会った当初から関係があまり上手くいっていない。 ニキは気にしていた。 恋人の使い魔ともっと仲良くしたかった。(そんなことをする必要は無いさ?) そうとも思う。 だが彼は不器用な性格である。 アイギスとも一緒に笑い合いたかった。 そんな訳でプレゼントをする魔導具を選んでいる。ヴァルはたくさんあった。けれど、高価過ぎるものをプレゼントしても相手が気負ってしまう。 ふと厚手の布の上に、鳥の模様が施された緑色のブレスレットが置いてあった。ウイングブレスレットである。ニキが手首につけているものと同じものだ。お値段は二万ヴァル。 そうだ。(これにするさ!) お揃いでつければ、仲良くなれると思った。 だけど果たして、アイギスは自分とお揃いのブレスレットをつけてくれるだろうか? 未知数である。 ニキ
銀座コリドー街のビルの八階だった。 アクナとマナトは二人で食事に来ていた。 窓から夜景が見渡せるフレンチレストラン。店内はほどほどに混んでいる。客は誰もが同伴者をつれていて、一人で食べに来ている者はいなかった。四角いテーブルを挟んでブラウンの長いソファが設置されている。一席一席が広々としていた。何とも豪華な造りである。壁で区切られている厨房には窓があり、調理風景を眺めることができた。壮年の男性たちが真剣な顔つきで調理している。肉にソースをかける手つき一つさえ熟達しているように映った。濃紺の服を着たウェイターたちが料理の皿を運んでいた。ウェイターたちの顔つきは調理師たちよりも若い。ここで修行を積んでいるのかもしれなかった。 ふと、窓際の席に座っているスーツ姿の男性が、同伴者の女性に対し、開いた宝石箱を差し出した。「僕と結婚してくれないか」とプロポーズしている。女性は服の袖で目をぬぐいながら「はい」と答えた。周りにいた他の客たちが振り向いている。室内に小さな拍手が起こった。 目の前にいるマナトの眉が不機嫌そうに跳ねる。 牛肉の赤ワイン煮込みをナイフとフォークで切り分けて、アクナは口に運んだ。その後で赤ワインを口に含む。上品であり濃厚な味わいが喉を通り抜ける。思わず口角が上がった。(うむ、美味よのう)「それで、マナト、頼みとは何じゃ?」「それなんですが……」 久しぶりに姉弟二人で食事に来ていた。理由は他でもない。父親の鬼助が脳梗塞で倒れ、危篤に近い状態が続いているからだった。医者が言うには、来月には死んでもおかしくないらしい。息を引き取れば葬式が必要だ。その段取りについて話し合っていた。話し合いの末、家族葬にすることで決まった。費用は父親の生命保険から払う。生命保険の余った金は全て弟にくれてやることにした。 マナトは目に涙を浮かべて話した。「姉さん、グラスオースのことは前に話しましたよね」「ああ。父さんのギルドと喧嘩になったギルドがグラスオース、だったのう。今日、たまたま会ったわい」「……トウマに、会った
黒谷家は、他人の家の植民地だった。 少なくとも、子供時分に黒谷アクナはそう思っていた。 アクナ、ゲームのプレイヤーネームは朧月である。キャラ作りのために、ゲームでは遊女のようなくるわ言葉で話すが、現実の話し方はもちろん違う。 父親の鬼助は普通にサラリーマンをしていた。 母親の真希は専業主婦の傍ら、ハンドメイドの内職でお小遣い程度を稼いでいた。そして夫を愛していた。 だけど初めから、この家庭はおかしかったのだ。 鬼助の姉は美登里と言った。美登里はどうしてか黒谷家のマンションの合鍵を持っていた。美登里は一週間に一度の頻度で黒谷家を訪れ、玄関で挨拶もせずにずかずかとリビングに上がる。子供たちへのお土産としてジュースを買って来てくれていた。本人は遊びに来ていたようだが、母親の真希にとってはたまったものではなかったろうな。プライバシーの侵害という以上に、不法侵入であるし。家庭という巣を荒らされるのは、腹をかきまわされるような思いだったろう。 どうして美登里は黒谷家のマンションの鍵を持っていたのだろうか? 簡単である。鬼助が渡していたのだ。そう、妻の真希よりも姉の美登里の方を鬼助は深く愛していた。美登里がくれと言えば何でもくれるのである。鬼助はどうしようもないシスコンだった。 美登里は銀行勤めだった。鬼助は美登里の銀行で通帳を作った。だから、うちの財産さえも美登里には筒抜けだった。それが真希にとってはどれほどのストレスだったろう? 美登里の夫は政治家だった。こいつの名前は思い出したくも無い。アザラシとだけ呼んでおこうか。 アザラシの選挙があるたびに鬼助は選挙活動を手伝わされた。それこそ親戚や友達にまで頼み込んで、全力でアザラシを盛り上げた。飲み会の費用など、鬼助はかなりの自腹を切っていたと思う。アザラシは選挙の時だけは、アクナとマナトに優しく接した。家庭のどこを突けば、人の心を掴めるかを熟知していたのである。 選挙活動を無償で手伝った疲れを、鬼助は真希にぶつけた。そのストレスを、真希はアクナにぶつける。アクナはマナトに同じようにした。マナトは…&h
ラグナシアの教会だった。 レンガ造りの大きな建物であり、やはり壁は白く塗られている。二階の屋根の上には鐘がぶら下がっており、その上には十字架があった。窓は綺麗に磨かれている。NPCの牧師の男が子供たちとボール遊びをしている光景があった。ドッヂボールだろうか? 砂地に描かれた枠の中でボールをぶつけあっている。男の子が「牧師さんを狙え!」と甲高い声で叫んだ。牧師は腰を落としてどっしりと構える。男の子が投げるボールを見事キャッチした。子供たちが「うわー!」と声を上げて後退する。牧師はボールを振り上げてにこやかに笑った。サンタクロースのような笑顔である。 隣にいるベルフラウがこちらに顔を向けた。意味ありげな視線である。 「ユウマ、ここよ」 「ここは、チャペルか?」 「うん!」 「ああ、入ろう」 二人で木製の扉を押し開ける。 配信ドローンが外で停止した。 大聖堂チャペルだった。 オルガンの音が響いてきた。室内にはシスターが二人いて、一人はオルガンを弾いていた。もう一人は一番前の席に腰掛けて祈りを捧げている。厳粛な雰囲気が流れていた。ベルフラウとトウマは後ろの席に並んで腰掛ける。彼女が聞いた。 「ねえ、ユウマ。あたしはね、聞きたいことがあるの」 「何でも聞いてくれ」 「学生時代、どうしてあたしたちは付き合わなかったのかしら?」 トウマは顔を俯かせる。 あの時は、弁護士になれるまで自分に幸せを許すつもりはなかった。 遊びにかまけて、勉強をおろそかにしたくなかった。 思い出すと、何とも自分勝手な理由である。 そしてその結果、弁護士になれていない。 「すまなかった」 「ううん、いいの。だけど少し、もったいなかったなって思ってる」 「そうだな」 「付き合えていたのなら、もっと楽しかったわ」 「……真帆」 「なあに?」 「すまなかった」 「いいのよ。付き合いはしなかったけれど、ユウマはたまに遊んでくれたからね。それに、今はもう付き合っているし。だけど」 ベルフラウの瞳は寂しさで揺れていた。 トウマは自然とベルフラウの肩に手を回す。彼女が頭を預けてきた。 あの時に付き合えば、恋人としてもっとたくさんの時間を共有できただろう。 「ねえ、ユウマ」 「何だ?」 「ユウマが東京に行ってから、人生がすごくつま
ユウマが高校一年生の頃の話。 その日。図書館で調べ物をするためにユウマは早起きして学校へ向かっていた。 七見丘駅まで自転車で向かう。田んぼに囲まれたアスファルトの道をのんびりと進む。田んぼには水が張られており、良い景色を見渡せた。梅雨時だが今日は晴れていた。むしむしとした空気が身体を撫でる。もうすぐ夏が来る。今年も酷暑だろうか? 駅で自転車を止めて電車に乗った。早朝であり乗客は少ない。イヤホンで音楽を聴いていた。ゆらりと揺られて目的の駅に到着する。ここからは徒歩だった。シャッター街と化した商店街の歩道を歩いていく。高校に着くと玄関で靴を履き替えた。 何の変哲もない一日。 それは、学校の渡り廊下を通ったところで激変する。「真帆さん、俺と、付き合ってください!」 渡り廊下のすぐ近くの地面で、一人の男子生徒が真帆に告白をしていた。 靴ひもの色から、相手は上級生だと分かる。 この高校は県でも名門校だ。ユウマは大学受験のために進学していた。どうしてか真帆も同じ高校に進学している。一年前、ユウマが真帆に必死こいて勉強を教えたのだった。その頃、真帆は言った。「頭の良い高校を出た方が、就職に有利よね!」「まあ、確かにそれはそうだが、お前、勉強は大丈夫か?」「大丈夫だわ。ユウマが教えてくれるもん」「……おいおい」 真帆は運良く受験に受かった。そういう訳で二人は高校を同じくしている。 真帆はバドミントン部であり朝練があった。だから早く来ている。朝の通学ではすれ違ったようだ。 上級生は真剣な顔つきである。 部活の半袖を着た真帆の頬がほんのりと桃色に染まっている。 しまったと思った。(真帆、まさかオーケーするのか?) 大ピンチである。 ユウマはそっとしゃがみ込み、渡り廊下の壁に隠れた。 真帆のしんみりとした声がした。「ごめんなさい、先輩。あたし、好きな人がいるから」「それって誰
――ヒイラギがノーファン村の領主に任命された その一文は、ログインをしているプレイヤー全員の頭上に表示されたのだった。 ノーファン村のヤマネコ食堂。そこでは小さな宴会が行われていた。 直方体の木造りの室内。木製のテーブルが規則的に並んでいる。古めかしい定食屋といった雰囲気であり、テーブルの上には様々な料理と酒瓶が並んでいる。焼き肉、油淋鶏、鳥の軟骨の串焼き、レバニラ、揚げ豆腐、ウインナー、山盛りフライドポテト、サラダ、他にもたくさん。 壁の掛け時計を見てウミは眉尻を下げた。いま午前八時前。悲しみの吐息をつく。 これから、どうなるのですか? 今頃トウマは、何をしているでしょうか。
ついに邪蛇狩りが始まった。 満天の空の下。山の上の地面の土は硬く、背の低い雑草が絨毯のように生えている。トウマとウミは、大きな岩の後ろに隠れて山頂の様子を見守っていた。今までずっと登山して来たのだ。 ちなみに先ほど夕食を食べた。昼と同じカレーライスである。もう飽きた。 山頂にはキャンプファイヤーが焚かれているようで、その煙がモクモクと上がっている。炎の灯りに照らされて、人々の戦う様子がよく見えた。 邪蛇、グランツエル。そいつは紫色に輝く肌をした大蛇であり、電車一両ぶんほどのサイズがありそうだ。まるで龍のように美しい。右に左にうねって地面を這い、人々に襲いかかる。 人々の先頭にいる
昼食時。 トウマは一度ログアウトをした。狭いマットルームに戻ってくる。毎度のことながら味の選べるログネストラーメンを注文し、割りばしですすって食べた。全ての味をすでに食べ尽くしたせいで、もう飽きてしまった。ちなみに今日の味はミソである。 ベルフラウと会って直接話をしようと思い、隣室の気配を探ってみる。だけど彼女がログアウトしてくる様子は無い。一時間待って、トウマはがっかりと肩を落とす。(真帆は昼食を摂らないのか?) 仕方無く、ゲーム内に再び戻った。 山壁の根元にぽっかりと空いた洞窟。周囲の壁は岩のように硬い。まるで獲物を飲み込むために大口を開けたクジラの口のようだ。これはダンジョン
村の服屋。 そこは宿屋の隣の直方体の建物だった。セルティラン衣服店と書かれた看板がでかでかと出ている。ベルフラウは顔だけ振り返り、口の端に笑みをたたえる。ふふんと笑った。やはり偉そうな態度だ。「うふふん、ここよ」「はいですぅ!」 ウミが元気に右手を上げた。扉を開けて三人で入室する。 こぢんまりとした木造の室内。さぞかし多くの服が飾られているのだろうと思ったのだが、一つも無い。だけど店の奥では何かの作業の音が響いていた。 ベルフラウは迷わずカウンターのそばへと歩み寄る。女性店員に話しかけた。「ふふん、こんにちは」「はい、ここは衣服店です。服の作成をご希望ですか?」「そうよ。







